PST回路について

今回はPST回路について解説します。

PST回路とは

 PST回路とは低音増強させるネットワーク回路(正しくは高域を落とすことで相対的に低域を増強させる)で長岡鉄男先生が付けた名称です。

 能率が高く高域が多いハイあがり気味のフルレンジスピーカーに使うと良いとされています。

 名前の由来はPassive Servo Technologyの頭文字をとったもので、ヤマハのAST(アクティブ・サーボ・テクノロジー)から捩ったものと書かれています。
(オリジナルスピーカー設計術[基礎編より])
 一般的にはBSC(バッフルステップ補正回路)ともよばれており、回路の構成などは古くから知られているようですが、ここではPST回路で統一します。

 どのような効能があるかというと、中高域の量感を回路によって下げ、相対的に低域の量感をあげることにより全体のバランスをとるもので、ハイあがり気味なユニットの音を回路によって抑える事を特徴にしています。

PST回路の構成

 実際の回路はどんなものかというと至って単純で、抵抗とコイルを並列に接続したものを(場合によってはコンデンサも)ユニットに直列につなぐだけです。

   
    図1 PST回路の特性グラフ(赤がPST適用後)

 回路はL・R(コイル・抵抗)をつかったもので下図のようになります。

   
    図2 PST回路図

 コイルは-6dBのハイカットフィルターとして働き、周波数が上がるにしたがってインピーダンスがあがるので、だんだん音圧がおちます。

   
    図3 コイルのみ接続の特性グラフ

 抵抗のみ接続すると8Ωの負荷が加わる事でグラフとしては全体の音圧が落ちます。

   
    図4 抵抗のみ接続の特性グラフ

PST回路の効果

 PST回路は、コイルと抵抗を並列につなぎ、それをスピーカーユニットに対し直列につなぐと、周波数が上がるに従ってコイルでカットされた周波数からは音圧は下がりますが、ある程度下がった所から並列につながれている抵抗の働きで、その抵抗値分だけ減じた中高域の周波数特性となります。

 途中にネットワークが入ることによりフルレンジならではの良さを削がれてしまう向きがある反面、落ち着いた中高域と低域がほどよくでるようになり、うまく調整すればバランスの良い音になります。

 あくまでも中高域を落とすのみの回路なので、もともと低域が出ないユニットなどでは中高域の音質が悪くなるだけという逆効果な場合もありますので、ユニット及びスピーカーシステムで向き不向きがあるといえる回路です。

 過去のフォステックスのFEシリーズなどのユニットはハイあがりなユニットが多く、マグネットが強化されているオーバーダンピング仕様のモデルでは、そのままでは低域が薄く感じる事が多いです。

 実際にはスピード感の良い低域がでていても、うるさい中高域でユニットの良さを出し切れていないようなスピーカーシステムには具合が良いです。

 現在のフォステックスのフルレンジユニットは、昔に比べるとハイ上がりなものは少なくなったので、PST回路は必要ではないかもしれません。

 昔のモデルや中高域にクセのあるモデルを使う時には考慮にいれても良いでしょう。

PST回路の試聴

 実際にFOSTEXのFE103Enで試聴してみたところ聴感としては低域が持ち上がったというよりは若干ハイ落ち気味になり、中高音がまろやかになったという印象です。

 低音の増強感もよく出ていて、若干うるさかったFE103Enのユニットがバランス良くなりました。

 間に回路が入る事により、元の構成よりかは音の鮮度が低くなってしまうのですが、単純な回路の分、音質の変化も大きく、チャレンジする価値は大いにあると思います。

スピーカーユニットへの適用事例

 次に、PST回路を実際のスピーカーユニットに適用した場合の測定と試聴の結果をレポート致します。
 使用するユニットは、FOSTEXで長く販売されていた人気の10cmフルレンジユニットFE103Enと、同じくフルレンジの8cmユニットFE83Enを取り上げます。

 両方ともユニットとしては極端にハイあがりという訳ではないのですが、高域がやや刺さる部分もあり、この実験にはちょうど良いユニットであると目星をつけ選びました。

FE103EnでPST回路を試す

 まずは7Lのバスレフ箱にFE103Enをつけて測定と試聴をしました。

    
   図5 弊社無響室による測定

次にPST回路をつけて測定しました。

 
   図6 PST回路とスピーカーユニットの接続

 抵抗はスピーカーユニットのインピーダンスにちかい8.2Ωで固定して、コイルは1.0mHです。

 測定結果のグラフを示します。

  
  図7 PST回路による中高域音圧の減少

 上のグラフでは、PST回路が実線で、ノーマルのユニットの周波数特性が点線になります。
中高域の減少とインピーダンスの上昇がわかります。

 ちなみにコイルのみだと下のようなグラフになります。

  
  図8 PST回路でコイルのみの場合

 これはクロス1800Hzからの-6dB/octのハイカットフィルターとおなじもので、上の周波数にいくに従って低くなっています。
 1800Hzのときに3dBほど落ちのフィルタなので大体は合っているといえます。

 さらに、どのくらいのインダクタンスのコイルを使用すればよいのか、測定と試聴の両方から実験しました。

 ネットワークで使う空芯コイルはインダクタンスの大きさにより値段が大きく変わるのでどのくらいのものが適当なのか知るのは重要です。

 芯があるコイルは安価ですが、音質においては空芯コイルが有利と言われています。
インダクタンスが大きくなるに従って巨大になり、高額になります。

 まず、コイルのインダクタンスによる変化の測定と試聴を行いました。
測定は弊社無響室で距離1mで行いました。

    

 図9 コイルのインダクタンスによる周波数特性の変化

  黒線:ノーマル(PST回路無し)
  赤線:コイル1.0mH
  青線:コイル3.0mH
  緑線:コイル6.8mH

 もっとインダクタンスの大きいコイルを使ったり抵抗を大きいものに変えれば差がわかりやすかったかもしれませんが、大きく変化するのは200Hz~1kHzと可聴領域の中でも最も敏感な部分です。

 PST回路の有り、無しでは400Hzから上がかなり減っているグラフからもわかるとおり、実際での試聴の印象でも違いが分かりますが、、
FE103Enのユニットでは、コイルのインダクタンスによる音質差は1.0mH,3.0mH,6.8mHはそれほど大きくありませんでした。

 コイル0.5mHはPST無しよりはボーカルが聞きやすくなるが、すこしウルサイ傾向で 1.0mHくらいからバランスが良くなり、大きくすることで中低域に厚みが増してきます。

 1.0mH以上ならば、音に厚みがあり、必要十分と感じました。

 次にコイルは1.0mHに固定して、抵抗を変化させてみます。

    
図10 抵抗の値による周波数特性の変化

  黒線:ノーマル(PST回路無し)
  赤線:抵抗3.9Ω
  青線:抵抗8.2Ω
  緑線:抵抗15Ω

 大きくなるに従って中高域がしっとりとなりました。抵抗が小さくなるに従ってノーマルの出音に近づきます。

FE103EnへのPST回路の効果の総評

 FE103EnへのPST回路の効果の総評としては、若干解像感は低くなるが、PST回路でバランスの良い音になると言えます。

FE83EnでPST回路を試す

 次に容積3.5Lのバフレフ箱にFE83Enをつけて測定試聴しました。

 8cmフルレンジでそれほど低域も強くない本ユニットでPST回路によってどれだけ低域が調整できるか実験しました。
抵抗はスピーカーユニットのインピーダンスにちかい8.2Ωで固定して、コイルの容量による変化を試聴しました。

 測定は弊社無響室で距離1mで行いました。

  
   図11 測定の写真

  
    図12 周波数特性の比較

 実線がPST回路で点線がノーマルです。

 PST回路による変化はFE103Enほどではありませんが、ハイおち気味になり、バランスも悪くありません。
 ノーマルのFE83Enがうるさいとおもっている方には選択肢の一つかもしれません。
 しかし低域を強調するという感じではなかったので、本来の狙いとは違うような気がします。

 コイルは0.5mH,1.0mH,3.0mH,6.8mHを試聴しましたが、FE103Enの時と同じく1.0mHからバランスが良くなったという印象です。
 音質差はFE103Enよりもわかりませんでした。

FE83En  PST回路の総評

 ノーマルがウルサイと思っている方は試す価値があり、バランスは悪くないです。
しかし持ち味の鮮度がある程度スポイルされるので、どちらを優先させるか、ということになるでしょう。

スピーカーシステムへのPST回路の適用事例

 最後に、実際音工房Z内にあるフルレンジスピーカーにPST回路を付けて片っ端から聴いてみました。
 どんなシステムに合うか等、参考にしてみてもらえたら幸いです。

Z601(V2)にPST回路を適用

 Z601は、アマゾンでも販売中の弊社のスピーカーです。
ユニットはZ-Modenaです。

 ノーマルの状態は低域からバランスのよい音で高域は煩くならず聴き疲れのしない音になります。

   

  図13 Z601-ModenaにPST回路 測定写真

  
  図14 周波数特性の測定結果

 実線はPST回路入り、点線はノーマルです。
PST回路は1mH 8.2Ωのものをいれました。低域が増強されたというよりも、ハイ落ちが目立ち、高音域の粒立ちがなくなってしまいました。

 楽曲によっては良く聞けるものもなくはないのですが、全体的には眠たい音になりました。

Z701-ModenaV5にPST回路を適用

 上のZ601-V2とユニットは同じZmodenaで試聴しました。

   
 図15 Z701-ModenaV5にPST回路 測定写真

 
  図16 周波数特性の測定結果

 同じユニットなので、PST回路を入れることにより、音が眠たくなる傾向は同じなのですが、Z701は低域がZ601よりもかなりでるので、Z601以上にアンバランスな傾向になってしまいました。

 予想はしていましたがZ-ModenaにPST回路はよいことありませんので非推奨です(笑)。

Z1000-FE108SolにPST回路を適用

 FE108Solのユニットはハイあがり気味なユニットですが、二層抄紙ESコーンのおかげで以前に比べると高域は耳に突き刺さることのない音色です。

 弊社にあるZ1000-FE108Solはエージングも完了しているので、ノーマルのままで非常に良いバランスを保っています。

 PST回路を入れると、持ち上がった低域よりも鮮度の減少が目立ちます。
FE108Solの透明感のある中高域が少々曇って聞こえました。

   
  図17 Z1000-FE108SolでPST回路 測定写真

 
  図18 周波数特性の測定結果

 楽曲により聞きやすいものもあるのですが、トータルで判断するとやはり皮が一枚かぶってしまったような印象で、フルレンジの良さをスポイルしてしまう印象は免れませんでした。

スーパースワンにPST回路を適用

 最後に、最も高域ハイアガリでPSTの効果が出そうな長岡鉄男先生のD101Sスーパースワンでも試聴しました。

 FE108Superはハイあがりのユニットで、PST回路込のスーパースワンといえども、若干ハイあがり気味でした。

   
  図19 D101SスーパースワンにPST回路 測定写真

  
  図20 周波数特性の測定結果

 確かにこれまで聞いてきたZ-modenaやFE108Solと比較すると最も聞きやすくなったのはスワンでした。それは、間違いありません。

 ただ、PST回路を使って補正した場合、F特だけでみるとフラットで聞きやすくはなるのですが、スーパースワンの最大の特徴である、鮮度の高い中高域、定位の良さ、微小信号への追随等、他のマルチウエイにないメリットが減ってしまうんですね。

 意外でしたが、フルレンジ1発のシステムでPST回路の効果を最も発揮したのは、前回にやった小型のシングルバスレフ箱にFE83EnやFE103Enをつけた時のほうで、印象が好ましい気がしました。

 バックロードホーンやBHBSは元々シングルバスレフに比べて低域が多くでるからではないか、と言われればそうなのかもしれません。

PST回路はフルレンジの「良い部分」と「悪い部分」を同時に切り落とすような感じになります。

 最後は好みの問題なので、ハイ上がり傾向のフルレンジにPST回路を試してみる価値はあると思います。

番外編

その1 PST回路はコイルによって音質が変わるか?

 違うメーカーの1.0mHのコイルを3種類聴き比べてみました。

 コイルの線径の違いで大きく変わるかもしれないと思いましたが、差はほとんどプラシーボレベルで、ブランドテストでは分からないレベルなので、あまり気にしなくても良いかもしれません。

 ウーファーのローパスフィルターに使うコイルの線の太さは音に影響すると考えていますが、PST回路では厳密なテストをしたわけではありませんが、違いがよくわからなかったということです。

 線径はフォステックスΦ1  ムンドルフΦ1.5 ソーレンΦ1.8です。

     
   図21 各社のコイル

試聴結果

 フォステックス(左): スッキリ目の音。クリアに聞こえる
 ムンドルフ(中):厚みがあり、ほのかに暖色系の音。
 ソーレン(右): 厚みがあり3種類のなかでは一番スピード感がある。

念の為各コイルで周波数測定もしました。当たり前かもしれませんが、ほとんど変化なしです。

その2 PST回路は異なる材質の抵抗で音質が変わるか?

 金属皮膜抵抗とセメント抵抗との比較をしてみました。
金属皮膜抵抗はソーレンのもの、セメント抵抗はタクマンのものです。

  
  図22 金属皮膜抵抗(手前)とセメント抵抗(奥の2つ)

セメント抵抗は8Ωのがなかったので、3Ωと5Ωを直列につないで試聴しました。

試聴結果

 先程のコイルよりは違いが感じられました。

 金属皮膜抵抗のほうが、全体的に音が安定して聞こえました。うっすらと余韻を感じるやさしい音色です。

セメント抵抗は若干硬質な印象で、帯域によって少しクセがある印象がありました。
しかし音質的に悪いか?といったらそんな事はなく、ソリッドなよい個性であるといえます。

 今回使ったセメント抵抗が優秀なのかもしれませんが、音質的に凄く劣るといった印象はありませんでした。
 ただ、好みのレベルかもしれませんが「違い」はコイルより感じられました。

その3 PST回路に、コンデンサを並列につけると音質は変わるか? 

 純粋なPST回路ではないのですが、コンデンサーを並列にする作例も多かったので測定と試聴をしました。

  
   図23 並列コンデンサの接続イメージ

   
   図24 FE103En&7Lバスレフ箱にPST回路とコンデンサー並列接続の場合の周波数特性

点線は8.2Ωと1.0mHによる「PST回路」で実線は図5のような8.2Ωと1.0mHと1μFによる回路です。

試聴結果

 コンデンサをつける事により高域側の特性が若干変化し、潤いのある音になりました。
FE103Enでは0.82μFくらいがベストで3.3μFから上はウルサイ感じになりました。

 この並列接続により、PST回路で減じていた超高域が付加され、またコンデンサーの値による音作りもできるので、なかなか良い方法かもしれません。